第9章 児童期の発達:自己概念と社会性
9-1. 自己概念の発達
9-1-1. 自己概念の深まり
幼児期から児童期にかけて、行動範囲が広がり多様な考えや行動に触れることで、自己についてもより多角的な視点で捉える機会が増える
児童期においても小学1~6年生の変化は大きい
同年齢であっても個人差は大きい
児童期の自己概念は次の3段階に大別される(松田, 1983)
5~7歳: 自己を性別や容姿など外部的な属性において捉え、心理的特性への意識が低い段階
8~10歳: 外部的な属性のみではなく、感情や態度などの心理的な違いにも注目しながら自己について述べ、それを積極的に受け入れようとする段階
10~12歳: 多面的な自己についての把握が可能になるとともに、他者と自分とを比較することで自己に対して否定的な見方をする一方、他者への同調や同一視が強まる段階
児童期の子どもにとって学校は重要な社会化の場である
各社会の大人が期待する自己概念が教師や学習教材から意図的・無意図的に提示される
東アジア(日本・韓国・中国・台湾)と欧州(イギリス・ドイツ・フランス)の小学校国語教科書(2000年刊行)に登場する主人公が、困難な状況や対立する他者にどう対処するかを比較分析
「自己変容型」
日本と韓国
相手の意見や周囲の状況に合わせる
「自己一貫型」
欧州3カ国と中国、台湾
他者の意見や状況を変えて、自分のやり方を最後まで通す
期待される自己概念は時代によっても異なる
日本に特徴的な自己変容型に関して主人公の行動を質的に分析
2000年以降、「相手と対立をした際に、対立する相手を無邪気に信じて、相手が考え方を変えてくれるのを待つ」行動を高く評価する傾向
このような行動は1960年や1980年の教科書には描かれていない
どのような自己と他者との関係が望ましいかは、それぞれの時代の社会を取り巻く状況によっても変化する(塘, 2011)
9-1-2. 性役割
児童期になるとそれぞれの性別に添って社会的に期待されている性役割(ジェンダー役割)を意識し、積極的に取り込もうとする 外観特性や興味・好みだけでなく、活動や能力の側面、行動傾向、性格、価値観の点で男女の違いが大きくなる
性役割形成に関しては、養育者や同輩集団の言動に加えて、教師の対応や教科書などが強力な社会化のエージェントとなる
国語の教科書への性役割是正に対する配慮は欧米、中国や台湾などと比べると2015年の段階でも少ない
日本の国語教科書には父親が料理や育児をする姿はほとんど描かれていない
中国や台湾の国語教科書には父親が掃除をしたり、母親がパソコンで仕事をしたりする姿がすでに1997年の段階で見られる
ドイツの教科書には父子家庭で父親が息子のために料理をする姿が描かれていたり、女性が機械の修理を行いながら「女性にもできる」と子供たちに誇らしげに言ったりする母親の姿が描かれていた(塘, 2008)
メディアが描き出す男性像、女性像も子どもの性役割感に影響を与える(Tuchman et al., 1978)
日本のテレビコマーシャルには家の中にいる男性や外で働く女性の姿が少ないことが指摘されてきた(斉藤・岩脇, 1994)
家庭で使われる商品や化粧品、医薬品など身体関係の広告には女性が、産業機器の広告には男性が多いというジェンダーに基づいた使い分けがなされている(荻原, 2004)
最近ではインターネット、ウェブやゲームソフトなどを対象とした研究も見られる(Ross, 2012)
日本の児童に人気のゲームソフトが、男児では射撃、冒険物語、RPG、パズル、戦闘などの内容、女児ではペット育成やきせかえゲームなどの内容といったように別れており、ゲームソフトの内容やキャラクターも子供たちに性役割形成に大きな影響をもたらすと考えられる(野口, 2008)
性役割観の習得メカニズムに関する諸理論は次の3つにまとめられる(鈴木, 2010)
ミッシェル(Mischel, 1970)やバンデューラら(Bussey & Bandura, 1999)によって提唱された 性役割はモデリング、強化、賞罰によって子供が男女それぞれに適切な行動を取り入れて発達するとした 性役割は、ジェンダー・アイデンティティと生まれ育った文化との相互作用によって段階的に発達すると主張した
社会的学習理論と認知発達理論を組み合わせた
性役割は、ジェンダーに関連する情報に注意を向け、選択肢、記憶し、構造化するための情報処理の認知的枠組み(スキーマ)を通して形成されるとした 能力の高い女性が達成課題を前にして不安や遂行低下を示す傾向は成功回避と言われる(Horner, 1974) 社会によっては職業上の高い達成は男性にふさわしい目標とされる
その場合、女性が男性を凌ぐ達成を遂げることは社会規範と拮抗することになる
このような社会では、たとえ学校のフォーマルなカリキュラムの中で男女は同列だと教えられても、教師や友人が意図せずに示す知識や行動様式と言った「隠れたカリキュラム」(Jackson, 1968)が女性に男性以上の成功を求めないという価値観を形成させてしまうことがある ヒトの進化の歴史の中で認知能力や行動傾向の性差が形成され、現代人であっても生まれつき男女差が認められるという議論もある
このような性差が見られる一方で個人差や環境差も大きい
教科学習における選考や成功回避、そして育児についての適性は、個人の能力や教育、個人が属する文化・社会の価値観にも影響される
世界経済フォーラムにおえる男女格差報告でも日本は先進国の中で男女平等が最低水準となっている(内閣府, 2015)
9-2. 仲間関係
9-2-1. ギャング集団
ギャング集団: 児童期中期から後期にかけての遊びを中心とした凝集性の高い仲間集団 5~8人程度の同性の集団で特に男児に見られる
役割分担やリーダー、フォロアーの構造が明確である
成員だけに通用する約束やルールが存在する
仲間以外の集団に対して閉鎖性、排他性、攻撃性を示す
大人の目や干渉から逃れようとして秘密の場所を作りやすい
集団内の地位や役割の遂行を通して、社会的知識や技能を獲得できるという意味で、かつては児童期の社会性を培う重要な場であった(Hadfield, 1962)
しかし、最近では特に小学校高学年になると、塾や習い事で忙しい子供が増えている
近隣の人々との付き合いが希薄になったり、地域内での遊び場が減少している
自然発生的にギャング集団が形成されることは少なくなった
一方でソーシャルメディアを介した仲間関係が広がりつつある
9-2-2. 学級集団
学級集団は児童期の仲間関係の中でも重要な位置を占める
同年齢集団の仲間とは対等でときには競争原理が働く横の関係
仲間をモデルとしながらも競争や協働のあり方を通して、自己制御や他者との調整の仕方を子供は学んでいく
児童期の友人関係は3段階にわけられる(松井, 1982)
第1段階(低学年)
幼児期と同様に自己中心性が強く、相手の立場がわからないため、喧嘩になることが多い。
友人選択は家が近い、席が隣り合っているといった近接性の要因が大きい
第2段階(中学年)
友人と協力して活動できることで、親密な友人関係が形成される
自己主張する機会が増えるため、活動の妨害や名誉を毀損されたことが原因となって喧嘩が生じやすくなる
男女の差も出てくる頃であり、女子は男子に比べて、友人に自分のことを多く話すようになる
第3段階(高学年)
認知能力が高まり、友人関係においても人格や共感できることが重視される
教師や友人などによって行われる社会化
家族を中心とした場で行われるのは第一次社会化
児童期後期から成人期にかけて行われ、学校、職場、同世代、メディアなどから影響を受け、自分が生活する社会内で期待される役割を習得していく
9-2-3. 視点取得能力
視点取得能力: 他者の視点を通して、自他の相互作用を理解する能力と定義される(Flavell, 1968) 他者の視点に立つことによって異なる見方ができ、自己を相対化することから、道徳的半だにゃ向社会的行動の発達にも影響を与える
セルマン(Selman, 1976; 1980)によれば、幼児期の子どもは自分が見たり考えたりしたものと同じような物の見方を相手もしていると捉えるが、児童期にかけて徐々に、相手にも自分とは異なる視点があることに気づくようになる ただし、8歳頃まではその見方はまだ表面的
泣いている→悲しい、笑っている→嬉しい
9歳頃になると単に二者間での相手の立場だけではなく、複数の登場人物の立場からものごとを捉え、物語を構成できるようになると言われている(Feffer & Gourevitch, 1960)
9-3. 社会性の発達
9-3-1. 道徳性
道徳性: 人の行為の善悪や公正さを判断する際に使われる基準 ピアジェ(Piaget, 1932)は認知発達的な観点から道徳性の発達を捉え、子どもの自己中心性が道徳的判断にも重要な意味を持つとした 何か悪いことが起こった場合の道徳的判断が10歳前後を境に移行する
9~10歳ごろまでは結果論的判断
物事の結果に目を向ける
10歳以降では動機論的判断
どうしてそのような結果に至ったか
また規則(ルール)は一方的に大人から派生し、永続的で変更できないと考える他律的道徳性から、周囲の人の同意があれば修正できると考える自律的道徳性へと発達していく(Piaget, 1932)
ピアジェの認知発達理論を発展させ、より年長の子供(10~16歳)を対象に研究を行ったコールバーグ(Kohlberg, 1969)が提唱 3水準6段階から構成される
幼児期では第Ⅰ~Ⅱ段階(水準1)であった子どもが、児童期になると第Ⅲ~Ⅳ段階(水準2)に到達する
年齢が上がるにつれ、杓子定規ではなく、より普遍的な倫理的原理に基づいた柔軟な判断ができるようになるという(水準3)
コールバーグの道徳性の発達を促す要因
視点取得の機会を提供する社会的経験
水準2「慣習の水準」では客観的な視点とまではいかなくとも、他者の視点から自分の思考や行動について考える視点取得の発達が一定程度必要とされる(Selman, 1971)
視点取得の際に体験する認知的葛藤(例えば集団で話し合い、自分の不十分な点について考えること)が道徳性の発達を促進させる(Munsey, 1980)
自分が到達している段階より高次の段階に触れる経験
グローバル社会では「普遍的な倫理」も一様ではない
特に水準3「脱慣習の水準」に関する道徳的判断の材料を提供する歳には、倫理の原理の普遍性自体をも問題にしながら、より高次の段階の道徳性について子どもとともに考えていく必要がある
コールバーグの道徳的判断に関して、その後様々な検討がなされてきた
文化・社会によって次の発達段階に移行する際の年齢が異なることが指摘されている
コールバーグは道徳的判断の発達段階の順序は普遍的な現象であり、ある段階を飛ばして高次の段階に移行することはないと考えていた(永野, 1985)
しかし同時に、次の発達段階に行こうする際の年齢は文化によって異なることも示している(Kohlberg et al., 1984)
日本では児童期でも第Ⅰ~Ⅱ段階の道徳的判断を示す者は少なく、10歳ですでに第Ⅲ段階に入っており(アメリカの移行年齢は13歳)、そこに留まる期間が長いという(山岸, 1985)
日本の子どもは他者から「よい子」だと思われたいという志向が強いからではないかと推測される
コールバーグの道徳的判断の発達理論は男性の視点から構築されたと言われ、女性の視点からの新たな理論がギリガン(Gilligan, 1982)によって提唱された ギリガンは女性の道徳性を「ケアの倫理」、男性の道徳性を「正義の倫理」と位置づけ、コールバーグの「公正」に基づく道徳的判断とは異なる「配慮」の考え方を導き出した
アイゼンバーグ(Eisenberg, 1982)はコールバーグの理論が「禁止」に方向付けられた側面しか扱っていないと批判し、向社会的行動のようなポジティブな側面に関する研究も必要だと主張した 9-3-2. 向社会的行動
向社会的行動(prosocial behavior): 他者を慰める行動、援助行動、分与行動といった、他者に利益となることを意図してなされる自発的な行動と定義される(Eisenberg, 1992) 苦痛を感じている他者に対する共感的反応は、すでに生後10~14ヶ月ごろには見られるが、それが具体的な向社会的反応となって表れるのはⅠ歳ごろから
この頃は自他の立場を相対化できないために、自分自身が慰めているような仕方で他者を慰めようとする
例えば、泣いている子どもを見て、自分の母親を連れてくるといった行動が見られる(Hoffman, 2000)
他者の視点に立った向社会的行動ができるようになるためには、視点取得の発達が必要
児童期ではさらに友人同士助け合おうとする行動が増え、苦痛を感じている他者に対してより積極的に関わるようになる
援助行動や分与行動については、小学校中学年ごろまで増加し、高学年以降減少し、高校生になると再び増加する
このような増減には援助に関する知識や技能を持っているか、より高次の視点取得能力が獲得されているかなどが関係しているとされる(Eisenberg, 1992)
向社会的行動を促進する要因
他者の感情への共感性
児童期後半から青年期にかけては、認知発達に伴い、目の前に存在しない他者にも共感する能力が増すため、自分が経験していない苦痛にも共感し、向社会的行動を示すことができるようになる(Hoffman, 1984)
視点取得能力の獲得(Eisenberg, et al., 2006)
他者の世話をする経験
ホワイティングら(Whiting & Whiting, 1975)は6つの文化圏の子どもたちに対するフィールドワークを通して、必要に迫られて世話をする責任を負う経験が多いほど、向社会的行動の動機づけが強くなることを見出している 養育者が向社会的行動を肯定したり、向社会的行動のモデルになったりすることで、子どもの共感的な態度や向社会的行動は促進される(Eisenberg, 1992)
仲間関係が重視される児童期においては、仲間が提示する向社会的行動の影響も大きい